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 私のとっておき 

「私のとっておき」

「私のとっておきは」秋田魁新報社の記事だが、探しものをしていたら大分前の切り抜き
「私のとっておき」(097)が書類の間から出てきた。

翻訳家の角澤幸男は吉田健一の「時間」を何度読んだか忘れるほど読んで、読むたびにのめり込み、ついに読んでいる自分が時間になってしまった偏愛の書である、という。

吉田健一は時計から生まれた時間をすべて妄想、幻影、錯覚として切り捨てる。
時間の形は「現在」しかない、時間とは「自分」のことだと言う。
現在形で働いていること、ものを指して命と呼ぶので働きが止まれば死である。
「過去」「未来」と呼んだ途端に、時間は虚構となり、死ぬのである。

吉田健一はすべての「もの」は、時間が「その形をとったもの」である。
「もの」は時間でできていて、時間そのものであり、物質のみならず、自分も含めすべての「もの」
が時間という共通の性格を備えて同等である。眼の前にある「もの」が時間であり、それを見つめている自分も時間なのだ。


今読み返しても眼からうろこの過激な時間論である。

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