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「ふーこ」

Author:「ふーこ」
読んだ本や生活のことなどを、
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アカペラ
アカペラアカペラ
(2008/07)
山本 文緒

品詳細を見る

「アカペラ」

出版社 / 著者からの内容紹介
苦しみ抜いた日々から再生を果たした著者が贈る、あなたの心を温める珠玉の物語。

無職で病弱な弟と暮す50歳独身の姉。20年ぶりに田舎の実家に帰省したダメ男。じっちゃんと二人で生きる健気な中学生。人生がきらきらしないように、明日に期待し過ぎないように、静かにそーっと生きている彼らの人生を描き、温かな気持ちと深い共感を呼び起こす感動の物語。6年ぶり、待望の小説集にして最高傑作!


☆アカペラ

両親は離婚、放浪癖のある母親は家出、じっちゃんと暮らすタマコ15歳はアルバイトをしながら学校へ通うたくましい女の子。母が家を出て行くとほっとする。じっちゃんとの2人暮らしはとても気持ちがいい。やすらぐ。母さんがいなかったら結婚だってしたいくらいだ。老いてゆくじっちゃんを思いやる優しい一途な気持ち。タマコはじっちゃんとの結婚を決意する。

中卒で就職するというタマコを建前論で説得しながらその行動に呆れ惹かれる担任教師。タマコのアルバイト先の中卒の経営者姥山。二人はタマコに振り回されながら正面からタマコに向かっていく。

普通とは違う家族、風変わりだけれど気持ちは曲がっていない、真っ直ぐだ。そんなタマコの健気な魅力が溢れる作品です。

☆ソリチュード  ☆ネロリ


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兄 小林秀雄との対話
兄小林秀雄との対話―人生について (1968年)兄小林秀雄との対話―人生について (1968年)
高見沢 潤子小林 秀雄

商品詳細を見る


「兄小林秀雄との対話-人生について-」

自分をいつわらず純粋に生きようとする精神力、そのかげにある豊かな愛の心、かけがえのない人生を誠実に生きた兄、兄の生き方をすべての人に伝えたい。兄の難しい作品の数々をやさしく、わからせたい。兄、小林秀雄を深く尊敬するおもいがこの作品を生みました。まる一年、作品の全部を読み返し、質問し、話し合い、兄の顔をじっとみつめ一言一言をかみしめ、この本は現されました。

「むずかしいことがらを、やさしくするのは、それこそ、いちばんむずかしいことなんだぜ。むずかしいというより、不可能といったほうがいい。いいなおせないないんだ。もとの意味とちがってくるからね。それより、むずかしいと思ったら、もっとよく読むことだ。おれのものを全部、じっくり読みなおすんだな。それからだね、書くのは。それに会話というものは、相手のいうことをよくきくことだろう。テープや筆記なんかにたよって、いいかげんにきいてちゃ、相手のいったことばのほんとうの意味はわかりっこないよ。相手の表情や、その言葉の調子をようく注意しながらきいてなきゃ。まあ、おまえさんがその気なら、いくらでも話してやるよ。わかるまで話してやるよ。」

☆個性というもの

「~個性というものは、ひとりよがりの、ひとのいうことをすこしもきかないような、そんな傲慢な態度の中では生まれもしないし、成長もしない。すなおな態度で社会と交わらなければ現れないものなんだ。」

「すると、自分をなくさなけりゃ、個性が出ないの」

「そうだよ。ゴッホのような、あんな絶えず成長を止めないようなつよい個性をもった人のように一見思われる人も、おどろくほどの謙遜と無私とを内部にもっていたんだね。」

「人間は、自分よりえらい、すぐれた人に出あったら、その人を心から尊敬できるようなナイーブなものをもっていなくちゃだめなんだ。他人への信頼と無私な行動とが、いちばんよく自分の個性を育てるものだ。独創性を発揮してやろう。なんて意識したのでは、独創的な仕事はできっこない。」

「~ほんとうにいい交わりをできないひとは、ほんとうに、純粋にひとりになりきれやしないよ。他人に心から協力しようとする気のないひとには、自分に対してだって、協力ができなから、自己統一の力がないことになるのだ。だから、利己主義とう自己防衛の形になってしまうのだ。」

「~孔子のいう“和して同ぜず”というのとまったくおなじことだな。才能をのばすにも、個性的なものをあらわそうとするにも、ね。和すというのは交わることだ。協力することだ。同ぜず、というのは、ひとりでいる、ということだ。自分自身でいる、自分をつかむことだ。この両方がなくては、個性を育てることはできないよ。和して、社会的なものをもたなければ、個性的なものは生まれないんだ。」

「~人と交わり社会の中にはいり、いろんなことを知り、自分のからだで経験していくっていうことはいいことだよ。ほんとうに知るっていうことは、行うことだ。頭で考えてばかりいたって、なにも知ることはできないよ。」


☆読書について

「~文学書を読むのにたいせつなのは、直感というものなんだよ。読む、というよりは全体的に感じなければいけない。ことばには、語感というものがあるね。それを深く感じなくちゃいけない。ことばの意味というのは、ほんとうは、その語感ということなんだ。語感を感ずる能力で、文章全体の動きを感じとらなくてはいけない。」

「一流の作品をもっともっと読んでほしい。むずかしいからとあきらめないで、しんぼうして読んでほしいんだ。一流といわれる作品は、作者の生命の刻印といってもいいものだからね。作者は、読書の忍耐ある協力を切望しているんだ。いろいろ批評されたり、解説をしてもらったりするよりは、しんぼうして読んでくれる愛読者のほうが、どんなにうれしいかわからないんだよ。生命の刻印を、ほんとうに愛している人を、せつに求めているんだからね。」

「何度も何度もくりかえし読んで、わかろうとしてくれる人をね。」

「そうだよ。作者に対して、作品に対して、愛情をもっている人なら、かならず、忍耐をもって読むでしょう。わたしは名作にはいつもそうしている。」

「まず読書の方法としてだいじなことは、さっきからいっているように、一流の作品を選んで読むこと。いいものばかり見なれ、読みなれていると、わるいものがすぐにわかるようになるんだ。逆に三流四流のくだらないものばかり読んでいては、なかなかいいものがわからない。」

「~一流の作品は、みんな、例外なく、むずかしいものと知ることだ。成熟した人間の感情・思想の表現だから、なかなかわかりゃしない。たいていの人は、名作を読んでみて、いいかげんな段階のところから、ちょいとのぞいてみて、なにもかもわかった顔をしているけど、それは自分のわかりたいところだけを拾い読みしたことだ。作者のその成熟した感情や思想は、もっともっと上のほうの段階にあって、そこまで登っていかないことには、とてもわかるものじゃないんだ。そこでさっきもいった、何度も何度もしんぼうして読み返す必要があるんだな。」

「わたしたちは、名作をかんたんに批評したりしがちだけど、ほんとうは、なかなか批評なんかできないはずね。」

「そりゃできるわけがない。そういうのは名作の前を素通りしているだけだよ。ほんとに一流作品に影響されるということは、そのすばらしさに、ぐうの音もでないほどにやっつけられることだ。文句なしにその作品の前にひれ伏してしまうことだ。そういう体験を、恐れずにつかまなければ、名作から、身になるものを受けられないよ。そういう体験をしてからのち、なにかいいたいことが生まれてくれば、それがはじめて批評となるのだ。」

「それから、一流の作家の作品を全部読むということもたいせつだね。一流作家は、かならず全集がでている。それを読むんだ。その人の手紙や、日記までよまなくちゃいけない。これも読書法のひとつだ。“その作家の研究をするためには全集を読まなくちゃいけないだろうが、そうでなければ、全部の作品をよむ必要はない。自分の好きな作品だけよめばいい”というのはまちがいだよ。いまおれがいった読書法は、みんな、おれが実際に昔からずっと実行してきたことだし、いまだって実行しているが、とてもやくにたっている。」

「文学者志望の人でなくても、そのような読書法をしなけりゃいけないんでしょうか。」

「そんなことはいわない。ぼくは自分でして、ためになったとおもった自分の経験をいうだけなのだ。全集を読んでしまうと、そういう一流といわれるような人は、どんなにいろいろなことを試み、どんなにいろいろなことを考えていたかがわかってくるよ。そしてどんなにたくさんのことを捨ててしまったかがわかってくる。その作者の物を書こうと努めた人間の生態が、見えてくるんだね。」

「作品は目の前にあり、人は奥のほうにいる。一生懸命に熟読していけば、本が本に見えないで、それを書いた人間に見えてくる。いいかえれば、人間から出て、文学となったものを、もう一度人間にかえすことが、読書の技術なんだ。」

「何を読んだらいいかってきかれるたびに『トルストイ全集』を買って、半年ばかりなにも読まずに、それだけよみなさい、っていったものだ。しかし、それを実行した人はひとりもないね。実際に読んでみなけりゃ、どういう得があるか、けっしてわかるもんじゃないよ。読書ばかりじゃない。この世は、実際にやってみなければわからないことだらけでなりたっている。」

「そうすると、乱読することは、どうなのかしら。~」

「乱読っていうのは、読書欲とか、好奇心とかがいっぱいなら、どうしたってするものだ。いいとか、いけないとかいえないね。~乱読の経験があるほうが、あとで、読書がほんとうに楽しくなるんじゃないかなあ。」

「~知識欲だけで本を読んでいた人は、その欲がなくなれば、読まなくなるね。自分で本を読むくふうをこらして、読書のほんとうのたにしみを感じるようにならなけりゃね、この楽しみが身につけばどんなに忙しくたっても、本を手ばなさなくなるよ。一流の小説には、若いとき読んだってわからない小説がある。年をとって、世間のみにくさ、残酷さをよく知りぬいた人が読んで、その小説のおもしろさがわかり、感動できるんだ。年をとって、はじめてその小説の価値がわかり、感動するような小説を、年をとった人が読まないのは損だよ。もったいない。」

「年とっても、読書がつづけられるような、若いときの心がけっていうものがあるかしら。」

「それはね、いつも本にむかって、受け身になって読んでいちゃ、いくら小説を読んでも、小説の読みかたは進歩しないんだ。小説を読む人は、たいてい、自分を忘れちまって、小説の中の人物になりきっちゃうんだろう。まあ、それが読書の魅力なんだが、それ以上にでないんだよ。小説を読んでいると、実際に自分がやっているような気になっちゃうから、実際の生活ではなにもしなくなる。なにもしないで、人生を経験したような気になってしまうんだな。これじゃいけないんだ。さっきいったように、人生のことは、自分の生きた、血の通っているからだで、実際にやってみなければわからないことだらけなんだ。思想を学ぶことだって、書いてある思想にかぶれて、自分を失ってしまい、ただその思想をよそおうことを覚えちまってはだめだ。」

「自分の身に照らして、自分の生活に照らし合わせて、書いてある思想を理解することが、たいせつなんだよ。そうすれば、年をとるにしたがってわかってくるものがある。だから、読書がおもしろくなってくるというわけだ。」


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長く生きて見てわかったこと
長く生きてみてわかったこと長く生きてみてわかったこと
(1998/12)
高見沢 潤子

商品詳細を見る

「長く生きてみてわかったこと」

内容(「MARC」データベースより)
人間に一番大切なのは「心情」であると、兄の小林秀雄は教えてくれた。94歳の著者が、家族の愛情や夫の田河水泡の思い出、長谷川町子との交流などを振り返り、与えられた愛に感謝し、信仰と共に生きる喜びを綴る。


94歳の高見沢潤子さんは父母、夫、兄、先生など、人生を導いてくれた人たちの愛情が歳を追うごと肉体に感じるほどしみじみと思い出される、といいます。

「のらくろ」の作者で漫画家の夫(田河水泡さん)との幸福な生活。評論家である兄(小林秀雄さん)の言葉などをとおして人間にとって愛がいかに大切なものかを語りかけます。

「人生は考えるものではない、感じるものだ」(新渡戸稲造)。「優しい心は感じる心だ」(小林秀雄)。感じることは思いやること。人間は深く強く感じなければいけない。花でも桜でも綺麗だなあと感じる気持ち。飽きずにいつまでも見入ることは愛情であり、そういう心情が知性や理性より人間には大切なことだといいます。

兄は本当に深い愛情を心に持っていた人であった。兄を偲び、読み返して、兄のしみじみとした愛情がわかって、感謝の気持ちで一杯になると、いいます。

「この頃は美を感じる能力が少なくなった。美というものは感じるものだからね。感受性が大事なんだ。子供のときから子供にセンシビリティ(感受性)やエモーション(情緒)を育てるようにしなくちゃね。それが根本になるんだからね。美しいものを感じる能力だ。しかしこの能力は絶えず養い育てていかなけりゃすぐに衰えてしまう。絶えず立派な優れた芸術を見続けることだ。素晴らしい芸術はいつでも豊かに正しく感じることを教えてくれる。人間はそれを無条件に理屈抜きで素直に感動しなけりゃいけない。その何ともいえない素晴らしさ、ゴッホの絵でもモーツァルトの音楽でも、目の覚めるような満開の桜の美しさでもいい、じっと見つめ、じっと聴いて、感動することが大事だ。まず愛し、感動し、沈黙する。美は論理的なものだからな」(小林秀雄)

「世の中はどんどん変わっていくが、人間は変わらないんだ。昔の人を尊敬しなくてはいけない。過ぎ去ったこと、過去の人を軽蔑してはいけない。歴史というものをもっと愛し尊敬すべきだ。昔は歴史のことを《鏡》といった。鏡は自分の姿が映るだろう、お手本になるんだ。もちろん、現実、今という時も大事だよ。今も忠実に精一杯生きなければいけない。だが、過去も忘れてはいけないんだよ」
(小林秀雄)


夫の初めての弟子である倉金章助さん、それから長谷川町子さんはともに童心という素朴な情操と謙虚な気持ちを豊かに持っていた。与えられた天賦の大切さを知り謙虚な態度で一生懸命努力した。それは与えられたものであって、自分が創りだしたものではないからと誇るということがなかった。二人は無駄とも思われる庭仕事や家事仕事もニコニコしながら気持ちよく手伝ってくれた。倉金さんは子どもが泣き出したりすると、あやしたり、おんぶして外に出かけたりした。熱を出した私を町子さんは夜中でも寝ないで氷枕を替え看病してくれた。その仕事ぶりや気働きに、兄が何度もいっていた「人間というものは心情というものを持たなければならない。心情が一番大事だ」といったことが理解できた。そして、二人が自分の道をきりひらき成功させたのは、心情をしっかりと持っていたからだと確信した。

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芥火
芥火芥火
(2004/09/22)
乙川 優三郎

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「芥火」

出版社/著者からの内容紹介
昨日までとは違う一日を生きる。
負わされた宿命に耐え、新しい人生をけなげに切りひらこうとする江戸の男と女。
隅田の川縁に暮らす人生の哀歌。
下総・行徳生まれのかつ江のささやかな幸福は、8歳で終わった。代わってはじまったのは、食べてゆくための戦いだった。欲しいものは自分の力で手に入れるしかない。下働き、娼婦、妾……出直す、そう告げた背へ、佃町の娼家の主うらは、明るい声をかけてきた。<「芥火」>


負わされた宿命を生き、人生に一つの区切りをつけた男女が自分の新たな人生を切りひらこうと模索する姿。いずれも味わい深い作品、心に残ります。

☆夜の小紋

二人で温めた夢を家業と引き変えに捨てた由蔵。彼が十年後に見た別れた女の染めた小紋。それは男女の生と死ほどの歳月の違いを表して、十年の努力の差を歴然と見せつけた。

ふゆの非凡な感性が見事に開花して実を結んでいた。それはむかし彼が下絵に描いたものと似ていた。が、はるかに洗練されて一切の無駄がなく目が覚めるようであった。洒脱な文様に圧倒されて声も出なかった。小紋は楚々とした女の姿にも重なった。彼が放棄したものを全霊をそそいで染めたであろう一途なふゆの仕事に魅せられ、気持ちがとけ込んでいった。

やり直したい。

もう一度下絵からはじめて型を彫り、ふゆに染めてもらおう。
優れた染師への憧憬に彼の血は滾りはじめていた。


☆柴の家

「焼いて壊してまた焼く、焼き物はその繰り返しだよ」

十七歳で養子縁組がまとまり三百石の跡目を継いだ新次郎だったが妻多実との間に甘い朗らかな関係は望めなかった。彼女は夫より母親を信頼して、長男を生むと露骨に夫を拒み始めた。三十路を前に彼は離縁も考えた。そんな折りに巡り合った瀬戸助とふきだった。

二十年の徒労に耐えてきた新次郎に、孤独に作陶に立ち向かう二人の姿は新鮮だった。目を輝かせ昼夜の別なく創作に打ち込むふきの美しい姿は、彼にどんなことをしても支えなければ、と決意させた。

柴の妖しい火色に見入りながら彼は新しい造形を思い浮かべた。そして、ごうごうと燃え盛る火の音に、始まろうとする二人の苦闘と無限の可能性を見出していた。


☆芥火 ☆夜の小紋 ☆虚舟 ☆柴の家 ☆妖花


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半眼訥訥
半眼訥訥半眼訥訥
(2000/01)
高村 薫

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「半眼訥訥」

内容(「MARC」データベースより)
昏迷の時代とされる現代、この国はどこへ向かっているのか。我々は何をなすべきなのか。小説家の目に映った90年代の世相と日々の雑感をまとめ、未来への真摯な願いを込めた初のエッセイ集。


小説以外の場では、常に物書きですらなく一生活者に過ぎずない。今日の社会の有り様は個別な深い知識をもたないことには理解に限界があり専門的な知識を持たない身にはどこまでも「情緒」や「気分」に訴えるに留まり充分な考察を欠くものである。ゆえにこれは雑感、雑文なるものと著者は謙遜するが、社会現象を生活者の目で捉え理解しようと訥訥と紡いだ単文は、日常の晴れない疑問に回答を得たような読後感をもたらした。

八章からなる内容は多岐にわたるが、最終章の小説の言葉「わたくしのなかの大阪」では、風土が作品に与える影響や文化についての考察が興味深かった。七章の音楽会のプログラムに寄せた音楽と小説についても強く印象に残った。また、若くして祖母、父母、弟の四人の闘病生活に付き添いその死を看取った著者が身近なものとなった。

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往復エッセイ ああ言えばこう行く
往復エッセイ ああ言えばこう行く往復エッセイ ああ言えばこう行く
(2000/09)
阿川 佐和子檀 ふみ

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「往復エッセイ ああ言えばこう行く」

内容(「BOOK」データベースより)
他人の不幸ほど、愉しくて、愛しいものが、この世にあるだろうか。お待たせしました。ますます冴えわたる、舌好調の第二弾!女同士のこの辛辣なやりとりに一度染まったら、もう、止まらない、やめられない。抱腹絶倒!ストレス解消万能薬!いまだ、これを超えるものなし


お二人の前著「ああ言えばこう食う」が思いのほか売り上げを伸ばしたために「二匹目のどじょうを狙いましょう」と出された続編、テーマは『旅』。だが本書のどこをめくっても旅なる風景はあらわれません。あるのはただただ二人のややエスカレート気味な毒舌。それが可笑しくて楽しい。読み始めたら途中で止められなくなります。

☆めくるめくアガワ
そうか、アガワほどの知性の持ち主でも「百人一首」を知らないのか。すると、にわかに、いろいろ興味がわいてくるではないか。アガワの知性をもってして、あの歌はどう訳すのだろう。あれである、あれ…

「あひ見ての後の心にくらぶれば
        むかしはものを思はざりけり」

王朝時代、オンナはオトコに顔も見せなかったんだからね。「逢う」とか「見る」ってことは、すっごいことだったのよ。ただの「逢う」「見る」だけじゃ済まないわけ。(中略)
私のヒントに、みるみるアガワの目が輝き始めた。
「要するにィ、『あひ見て』ってことは『あひ見ちゃって』ってことでェ…」(中略)
「そうそう、王朝時代だからねぇ」
と、私は友を励ます。
怖じず臆せず、アガワは訳し始めた。
「だからァ、『あひ見』ちゃったあと、ああこんなに気持ち良いことだったなんて、思えば、むかしは何も知らなくて、損したなァってこと…かな?」(中略)


なんと、初めて契りを交わしたあとの深まる愛。切なく「逢いたい」という気持ちをアガワは、このようにはしたない言葉であらわしたのである。以来ダンフミはアガワを「愛欲のアガワ」と呼ぶようになった。


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寄る辺なき時代の希望
寄る辺なき時代の希望―人は死ぬのになぜ生きるのか寄る辺なき時代の希望―人は死ぬのになぜ生きるのか
(2006/09)
田口 ランディ

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「寄る辺なき時代の希望」

内容(「BOOK」データベースより)
「人は必ず、死んでしまうのに、なぜ生きるのか」―そんな一読者のメールから、すべてが始まった。一筋の光明を求めて、さすらいの旅路に出た「私」が掴んだものとは。著者渾身のノンフィクション。


「人間はいつか死ぬのに、生きる意味はあるのか?」という読者からのメール。その問いにランディさんは唸ってしまいます。どう言葉を繋いでも明確な答えが見つからず困ってしまいます。「わからない」といいます。「わかった」ふりはしません。そして、ありのままの立派とは言いがたい気持ちを晒して見せます。ランディさんのもの凄いところはそれからです。「わからない」ことを隠さずに徹底して「わかろう」とするのです。体ごとぶつかって全身で感じ考えようとします。現実と自己の内面を照らし合わせながら、これでもか、これでもか、と痛々しいほど真っ正直に、真っ向から、挑み格闘し続けるのです。ランディさんの飾らない姿に安心を得て共感をしながら読んだ本書は、うっすぺらな日常に波紋を投げかける、重い読書でした。

☆老いるという希望(老人施設を訪れて)
痴呆症の人たちは、人間という着ぐるみを脱ぎ捨てて、命そのものになって輝いていた。(中略)どんなに活動的な人であっても、最後に「なにかをしてもらう」人になる。「施しを受ける」人になる。与えるのではなくて、与えられる存在なる。(中略)多くの介護者が、生き仏のような老人たちにそっと手を合わせるのをみた。その美しい思想を、日本人はまだかろうじてもっている。

☆「べてるの家」という希望
(北海道浦河町にある主に精神障害者150人が運営する福祉作業所「浦河べてるの家」を訪れて)
「べてるの家ではね、人間には超えられない苦労がある、っていう考え方をするの。その超えられない苦労を守る社会的な装置を作ろうっていう発想なの」
「なんですかそれ?」
「うーん。つまりさ、右肩上がりですべてが良くなるという発想を捨てるというか。たくさんの人が社会に関与するために必要なのは、みんなが自分の弱さに正直になることなんだよ」
「???」
「だからさ、弱いって、実はすごい可能性であり能力なんだよ。そのことを、べてるでは宝にしているんだよ」


☆核時代の希望
(チェルノブイリ原発事故で汚染された隣国の小さな村を訪れて)
老人たちは生まれた土地を耕しながら牛や馬やニワトリを飼い、犬や猫といっしょに生活していた。彼らにとっての生きることは他人に頼って生活することではない。季節を感じながら自然の一部となって暮らすことだ。そんな生活は街では望めない。
だから彼らは放射能を受け入れたのだ。自給自足の彼らはほとんど電気を使わない。電力が必要なのは街の人間である。それなのに街の人間はゾーンの老人たちを差別する。ただ自然と共に静かに暮らしている老人たちが被爆しつつ、事故前も事故後も同じように生活している。
この村でアレクセイはアンナを好きになり結婚した。
村は美しく、人は優しい。
でも、じきに滅びる運命にあるのだ。

☆水俣という希望
「ほんとうにくやしかったです。この村の人は鬼ばかりになった、いじめ返して死にたいと父に言ったら、父はわたしにこう言うとです。ここまで生きてこられたんも皆のおかげ。昔はみなよか人だった。今はシケなんだ。いじめる人は変えられんけん、自分が変わっていこうばい。病気の母ちゃんをおいて先に死ねん。だからあわてんな。このシケが終わるまで、待て…と。
私はくやしさのあまり三十代で総入れ歯になりました。ですが、患者のおばさんば介抱して身体をさすったとき、あんがとねえ、あんがとねえ、と言うたその目が、生きているあいだに、こげんことせねばならんと教えてくれたとです。苦しくて死ぬよりも、この人たちに、こうせねばならんことを教えてくれたとですね」


想像を絶する苦難に直面しながらも国や社会から不当な扱いを受けている人々。彼らは絶望の淵にありながら痛みを静かに受け入れていた。慎み深く愛情に満ちていた。どんな人間の存在をもまるごと受け止める知恵と運命を受け容れるしなやかな強さをもちあわせていた。

この人たちを前に「生きる意味」は問えなかった。
そんな問い自体が消えてしまっていた。
この人たちを前に、考えるのは、自分はどんな人間としてどう生きたいかということだった。
それから、人間のたましいについてだった。


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被爆のマリア
被爆のマリア被爆のマリア
(2006/05)
田口 ランディ

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「被爆のマリア」

内容(「MARC」データベースより)
無原罪のマリア像が見つめる現代の闇。マリアさま、人の目は武器です…。表題作のほか、「永遠の火」「時の川」「イワガミ」の3編を収録した、「60年後の原爆」をめぐる著者渾身の問題作。


☆永遠の火

原爆の事実は知っている。でもまるで知らない素振りで暮らしてきた。そんな大それたことに自分は関わりたくない。でも全く知らないふりもできない。そんな薄情なことは日本人としてできない。だからといって「お前は自分のことしか考えないのか」と父に責められても、たかが私の結婚式に「原爆の火」をキャンドルサービスに使う、そんなことは納得できない。マッチとかライターとか普通でいい。とにかくそんな重いものを背負いたくない。

でも老いた父や母の生活を見て思った。年老いて死が現実のものとなって近づいたときには、死んでいった多くの人たちの悲しみに慰められるかもしれないことを。その時には自分も火を求め祈るかもしれないということを。

☆被爆のマリア

嫌われるのが怖い。なんでもいいから人に好かれたい。だからイヤと言えない。人と関わるとたいがい失敗してしまう…普通に生きている人がうらやましい。そんな主人公の救いは偶然見つけた被爆のマリア様。その姿は一目見たときから忘れられない。

マリア様、人の目は武器です。

貧しい家庭。暴力をふるう父。
殴られて、殴られて、小さくなって死んでいった母。
勤務先のビデオ店の店長、アルバイトの学生、友だち。
それぞれが抱える日常の問題。

戦争のない平和な日本。
けれども幸せとは言い難い人々の暮らし。

マリア様、無原罪のマリアさま。
ここはまだ戦場です。
あたしは毎日、得たいの知れないものと闘っています。


その痛み息苦しさは、戦争の悲惨な状況とは少し違います。
けれども戦後60年を経てなお密かに息づいている差別や暴力…。

希望の見えない闇に向かって…つぶやきます。

マリア様、今日も何とか生きています。


☆永遠の火  ☆時の川  ☆イワガミ  ☆被爆のマリア


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つなみ
つなみ―THE BIG WAVEつなみ―THE BIG WAVE
(2005/02)
パール・S. バック黒井 健

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「つなみ」

内容(「BOOK」データベースより)
ある日突然村を襲った大津波によって、家も、家族も奪われ、独りぼっちになってしまった少年ジヤ。しかし彼は、周囲の人々の暖かい愛情に包まれて成長し、やがて再び海に立ち向かってゆくのだった…。ノーベル賞作家パール・バックが日本を舞台に描いた、大自然と共に生きる人々の生と死、そして愛を、優しく澄みきった、情感溢れる黒井健のイラストレーションにのせて贈ります―。


浜辺の漁村を襲った大津波。漁師の息子ジヤは家族も家も全てなくし、百姓の友だちキノの家で暮らすことになります。深い悲しみを背負ったジヤをキノの父と母、そして妹セツが穏やかに包みます。四人の愛情は、ジヤの心の奥深くまでしみこみ、幸せが彼の身も心も温めました。

青年となったジヤは、舟を造り、昔ながらの浜辺に家を作りました。海に面してつけられた窓からは、うねりを上げて波打つ海が見えます。窓は、恐れずに海に立ち向かって生きる、ジヤの決意です。そして命を吹き込んでくれたセツとの新しい生活を始める場所でもあります。


ジヤの家族を襲った津波が恐ろしくて悲しいキノ、そんな息子に語る父親の言葉がとってもいいです。

「『生は死より強し』だ。」

「危険の真っ只中で生きるってことはな、生きることがどんだけいいもんかわかるというもんじゃ。」

「人は死に直面することでたくましくなるんじゃ。だから、わしらは死を恐れんのじゃ。死は珍しい事じゃないから恐れんのじゃ。ちょとぐらい遅う死のうが、早う死のうが、大した違いはねえ。だがな、生きる限りはいさましく生きること、命を大事にすること、木や山や、そうじゃ、海でさえどれほど綺麗か分かること、仕事を楽しんですること、生きる為の糧を生み出すんじゃからな。そういう意味では、わしら日本人は幸せじゃ。わしらは危険の中で生きとるから命を大事にするんじゃ。わしらは、死を恐れたりはせん。それは、死があって生があると分かっておるからじゃ。」




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根をもつこと、翼をもつこと
根をもつこと、翼をもつこと根をもつこと、翼をもつこと
(2001/11)
田口 ランディ

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「根をもつこと、翼をもつこと」

内容(「BOOK」データベースより)
根とはルーツだ。ルーツのない人間はいない。誰もが誰かの子供であり、親にはその親がいて、またその親がいて…延々と過去へと繋がっている。翼とは意識だ。飛翔し、想像する力。イメージし、自由に夢想する力。根をもつこと、翼をもつこと。そのことを思い出し、それに支えられるなら、人はどのような環境においても、この世界にしっかりと関与して生きていける。たとえ私が限りなく変わり続けようとも、根があるから戻ってこれる。たとえ私がある場所に縛りつけられても、翼があれば自由だ。困難な時代においても、未来をおそれずに生きる人に捧げる、ピュアな言葉の花束。『できればムカつかずに生きたい』で第一回婦人公論文芸賞を受賞した作者による、待望のエッセイ集。


「真夏の夜の夢」

広島は原爆のツメ跡なんてどこにもない。緑美しい町だった。原爆を投下された事実は知っていても、まるで実感が伴わない。街はあらゆる記憶を封印したように整然としている。平和祈念公園は巨大な葬儀場のように殺風景で歴史は原爆ドームと資料館の被爆資料に委ねられていた。原爆の子の像も、原爆ドームもよそよそしい。美しいと思えず祈ることができなかった。

原爆ドームの対岸の堤防に降りたらホッとした。川面に近づき、お線香を焚き、花を流した。それからミネラルウォーターを流した。下流へ下流へそして海へ。トルコキキョウは流れていった。

8月6日、炎天下のなかの記念式典。献花、総理の挨拶。子どもによる平和宣言。市長の平和宣言。どこにも「私」の存在しない言葉.。言葉の力を失った挨拶。そんなことを考えていたら式典は終わっていた。

夕暮れ、平和公園に続く川べりの道には灯籠流しをする人々が集った。浴衣を着た少女たち、家族連れや恋人同士。夏の宵の川面に幾百もの灯籠がゆらゆらと流れていく。真夏の夜の夢のように美しい夕闇の景色だった。

どこからか、バッハの「チェロのための無伴奏協奏曲」が流れてきた。チェロの響きは人々のざわめきを慈愛で潤し、水辺の灯籠の淡い影を包み、夕闇を満たした。

粗末なパイプ椅子に座って無心にチェロを弾いていたのはヨーヨーマだった。チェロの音色が、死者と生者を引き寄せたのだろうか。死んでいったたくさんの人たちが、岸辺を歩いている。生きている人も、死んでいった人も、美しい灯籠流しを楽しんでいた。時空を超えて、人々は結ばれていた。おごそかなチョロの音色に引き寄せられるように。


「カンボジアで考えたこと」

カンボジアでは戦争の記憶が剥き出しのまま露出していた。
たとえばポルポトの墓。200万の人をも虐殺した独裁者の墓は全員がどよめくほどにみすぼらしかった。ジャングルの中にのこる住居あとに散乱している生前使っていた便器や薬瓶。拷問がおこなわれた収容所に展示している骸骨で作った地図。処刑場跡に残る兵士が子どもの足をもって、頭を打ちつけたという木。それから半殺しにして投げ込んだという穴。

カンボジアの凄まじさに辟易して日本に帰った。が、時間が経つにつれて記憶は鮮明になってくる。生々しい記憶は戦争がどういうものかを、殺し合いの愚かさ空しさ身体に刻んだ。

国際平和文化都市になってしまった広島。そこでは感じることができなかった死や恐怖や醜さや愚かさ、憎しみの感情がカンボジアにはあった。顔をそむけるほど。泣き出すほどに。

破壊を知らず再生を、悲しみを知らず愛を、憎しみ知らず慈愛を、理解できるのだろうか。

編集されていない戦争の実態を、人間は知り、その重さを受け止めたい。そんな気がする。

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父 中野好夫のこと
父 中野好夫のこと父 中野好夫のこと
(1992/11)
中野 利子

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「父 中野好夫のこと」

内容(「BOOK」データベースより)
父について知ることのあまりに少なかったとする著者によるユニークな父の記。著名な父を持った娘の激しい葛藤から理解による融和までがさまざまにきめ細かに描かれる。また思いがけぬ父の発見がこの骨太い知識人の人となりと心の奥行きをおのずと明かしてゆく。


英文学者であり評論家、英米文学の名翻訳者であった中野好夫さんは、生涯の半分を中学、高校、大学の教師として、後半生は大学教授の地位を捨て、家族や自分の「清富」を確保するために文筆業に転じ筆一本で十人家族を養った。

一人息子として大家族を養っていかなければならない、また両親の反対を押し切って当時の有名人土井晩翠の次女を妻とした重荷や気苦労などが、嫁の親が子どもたちすべての名付親であることや三人の子を亡くした土井晩翠に次男亮さんを養子に出したことなどから伺い知ることができます。

戦後の中野さんの人生は贖罪の人生だったといいます。戦中期の戦争協力を背任とし、誰を戦争犯罪人と思うか、という新聞のアンケートに「中野好夫」と書いた。それは一国民として時局に忠実であったというだけでなく、言論人として自分の書いた文字が人々に影響を与えたという深刻な反省からで、中野さんを社会活動へとかりたてました。敗戦を体験し生きのびたことを、帰らなかった人たちのことを思うと「まるもうけの余生」だといい、ならば平和のために使いたい、と行動に出たのです。その誓いは40年間、守り抜かれました。

少女時代の利子さんはまわりからいつも「中野好夫の娘」とみられるのが不愉快で仕方なかったといいます。若い時の中野さんは勤勉な勉強家で個性的で有能な男性だったかも知れないが、「功成り遂げた男」のいやみを感じ「やりきれなかった」。だから猛烈に反発し、ひたすら敬遠していたと。しかし65歳をすぎた頃の中野さんに上手に年老いた父の姿を発見し疎遠なつきあいが復活したといいます。

利子さんは長い間悩んだ末の30代も終わりに、
「ルポライターとして生きられるようになりたい、が仕事や家事それにルポライターの修業はきつい。思い切って冒険をしてもいいものか」と、相談します。
中野さんは辞めるのは新しい道で保証できる見通しがついてからするべきだ、と答えた。
「しかし」と言葉を続けた。
「竹やぶの竹に雪が降りつもって、雪の重みで竹が撓い、そのうちに折れてしますことがある。どれほど降りつもれば折れるのかは、その竹にしかわからない。たとえ、見通しがつかなくとも、もうこれ以上アカン、という時は自分で決めることになるだろう」

骨太で実直な中野好夫さんの素顔がみえる、そんな読み応えのある本、でした。

☆なんのために辞書がある! ☆意欲を孕む文学 ☆償いの人生 
☆クリスチャンの頃 ☆降りつもる雪と竹 ☆山路を歩く ☆ギボンを読む
☆おほづき提灯-父、中野好夫を送る-


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ナラタージュ
ナラタージュナラタージュ
(2005/02/28)
島本 理生

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「ナラタージュ」

内容(「BOOK」データベースより)
壊れるまでに張りつめた気持ち。ごまかすことも、そらすこともできない―二十歳の恋。これからもずっと同じ痛みを繰り返し、その苦しさと引き換えに帰ることができるのだろう。あの薄暗かった雨の廊下に。野間文芸新人賞を最年少で受賞した若手実力派による初の書き下ろし長編。
(「ナラタージュ」--映画などで、主人公が回想の形で、過去の出来事を物語ること)


先生への切ない思い。
それは呼吸するよう繰り返される。
一緒に歩いた風景や空気とともに。
胸に突き上げてくる痛みをともないながら、
彼に触れた夜を昨日のことのように感じながら…。
消すことのできない記憶の底に留まっている彼に
今でも、これからも
ずっと…懐かしく
出会うのだ。

大学生の泉に突然かかってきた一本の電話。それは泉が思いを寄せていた高校の時の葉山先生からだった。名前を口にしたら浸しておいた気持ちがよみがえり胸が締めつけられた。

一年ぶりにあう先生を懐かしくてじっと見つめていたら、それよりさらにじっとみられた。それは、どうすることもできない彼女に対する先生の気持ちを泉の気持ちと同様に伝えていた。けれども、先生はそれに応えることができない。だから、あふれる思いでお互いの息づかいや体温を感じ必要としながらも引き留めようとする。

先生への愛情を深く確認しただけだった小野君との交際。震えながら小野君と別れ、先生の元へ…。その時先生は奥さんと暮らすことを決意していた。それでも一緒に先生の話を聞いていると、しみじみと良かったなあ、と満たされた。

彼は、あなたのことが好きだったみたいですよ。それからカメラマンは、一人の高校生を思い写真を持ち歩いている先生の純粋さを子どもみたいだと笑った。激しい動揺が身体を駈け抜けた。思いはつながり、記憶の深い部分で重なり合いながら息づいていた。懐かしい痛みとともに熱い幸福感が泉を包み込んだ。

「きっと君は、この先、誰と一緒にいてもその人のことを思い出すだろう。だったら、君といるのが自分でもいいと思ったんだ」

切ない泉の婚約者の言葉…。

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壇ふみ ああ言えばこう食う 阿川佐和子
ああ言えばこう食う―往復エッセイああ言えばこう食う―往復エッセイ
(1998/09)
阿川 佐和子檀 ふみ

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「ああ言えばこう食う--往復エッセイ」

内容(「BOOK」データベースより)
幸福そのものに見えるふたりは、揃って不幸だとのたまう。人生を堪能する術を熟知した「女ともだち」の鋭く辛辣なやりとり、歳を重ねることが、少しだけ怖くなくなってくる。「口から生まれた双子座」vs「天然の饒舌」対決。


プロデューサー氏に「父親の職業」「出身大学」「飛べそうで飛べないところが君にそっくりだ」と紹介された女優のダンフミ。初対面の彼女は、すくっと伸びた背筋、テレビで見るよりはるかに白い肌、細い顔、長い手足、美しい人だった。彼女は輝いていた。アガワには三つ目の「~君にそっくりだ」が理解不能、サッパリワカリマセンでした。

お酒を飲み、食事をし、旅行をすること数ヶ月。女優ダンフミは、相変わらず機知に富、落ち着きをたたえた「美しい人」「できる人」だった。

が、香港のホテルで出発の荷造りをおえ、何気にダンフミを見て…ウムウム…ワケワカラン!ナニヤッテンダ~コイツ…?バックを開け、バックを閉め、中のものを一つ二つ取り出し、チャックを閉め、チャックを開ける。化粧バックを手に洗面所へ行き、戻ってきては洗面所へ行く。まもなく洗面所へ化粧バックを取りに行き、チャックを開け、チャックを閉める。延々…と繰り返す。意味不明…ワケワカラン?
「何、やってんの?さっきから」
するとダンフミは、チャックの端をつまみながらニッーとうれしそうにほほ笑んだ。
「いつも、そうなの。荷造りちっともすすまないの。」

アガワはビックリ、ギョウテン。そして納得した。そうだったのか、何事もスキなく、近寄りがたい人と信じてきたのが、間違いだった。ダンフミは案外、バカだった。

ダンフミは誤解されてる。人が思うほど賢くない。賢い部分もあるが、かなり偏りがある。このダメさ加減を知らずにして、彼女を語ることはできない。(中略)「アンタは誤解されている。こんなにバカなのに、誰もそうだと思っていない。もったいない。もったいない…」

かくして「憂いある女優」ダンフミは「本格女優」から「本書く女優」へ進化を続けている…とか。


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