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 世は〆切 

世は〆切世は〆切
(1996/01)
山本 夏彦

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土曜日の今日はお休み。朝から読書できるなんて〜なんという、幸せ!
先日、図書館からいただいてきた「世は〆切」を読んでます。

「世は〆切」

世は義理と人情という著者が、この国のありようを憂い核心を突きつける愛惜の書、エッセイ46編。いずれも心に刻みたいものばかり。洗練、吟味された文章はテンポよくリズムカル、ユーモラスにて愉快。


(口語文)
何より口語文には文語文にある「美」がない。したがって詩の言葉にはならない。文語には千年以上の歴史がある。背後に和漢の古典がある。百年や二百年では口語は詩の言葉にならない。たぶん永遠にならないだろう。

荷風や谷崎がいまだ読まれるのは、口語のふりをして文語だからである。荷風は漢詩文の、谷崎は和文の伝統を伝えている。荷風はボオドレエルの「死のよろこび」の一節を次のように訳した。
 
  われ遺書を厭み墳墓をにくむ。死して徒に人の涙を請はんより、
  生きながらにして我寧ろ鴉をまねき汚れたる脊髄の端々をついばましめん。

私は文語にかえれといっているのではない。そんなことはできはしない。私たちは勇んで古典を捨てたのである。別れたのである。ただ世界ひろしといえども誦すべき詩歌を持たぬ国民があろうかと、私は最大息するのである。

(むらぎも)
いま若者たちの多くが、日本の詩歌を何一つ知らないこと、私は十年前の驚きをあらたにしたのである。詩歌ばかりではない、日本の英雄豪傑をほとんど知らない。彼らはもう日本人ではない。40年かかって彼らをここまで育てた元凶は文部省と日教組である。しかも彼らにはその自覚がない。嗚呼。

むらぎもの心楽しも春の日に 鳥のむらがり遊ぶを見れば(良寛)
わが宿のいささむら竹吹く風の 音のかそけきこの夕べかも(家持)
きのうまでわが衣手にとりすがり 父よ父よといいてしものを(橘曙覧)
楽しみは妻子むつまじくうちつどい 頭ならべて物を食うとき(橘曙覧)
楽しみは銭なくなりてわびおるに ひとの来たりて銭くれし時(橘曙覧)
楽しみは乏しきままに人集め 酒飲め物を食えという時(橘曙覧)

(いのち)
私は古きよき日本語がぎっしりつまった文章が書きたいのである。読者をして父祖の声を聞く思いをさせたいのである。もしそれができたら私のコラムはなお一両年続くことが許されるだろう。

(あとがき)
私は中江兆民を幸徳秋水の紹介で知った。秋水は斉藤緑雨の、緑雨は内田魯庵の紹介で知ったとむかし書いたことがある。(日常茶飯事)

みんな明治年間の人である。私は古本のなかで死んだ人の紹介で死んだ人を知ったのである。それは生きている人の紹介で、生きている人を知るのと同じである。したがって私は生きている人と死んだ人を区別しない。

こうして、私は二葉亭四迷の、鈴木三重吉の、幸田文の追悼文を書いた。いずれも名のある人だが、すべて一度も会ったことのない故人である。
 
生きているからといって必ずしも生きているとは限らない。死んだからといって必ずしも死んだとは限らない。人は生きている人と死んだ人との区別をしすぎる。葬式をしないとその区別がつかないから、あれはしなければならない儀式なのである。きっぱり区別しないと両者の仲は、誰にとっても実はあいまいなのである。

 

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 夢をかなえるゾウ 

夢をかなえるゾウ夢をかなえるゾウ
(2007/08/11)
水野敬也

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「夢をかなえるゾウ」

自分の夢を忘れずに片隅で温めている人々へ励ましの書。

ガネーシャというインドの大衆の神様が僕に教えてくれます。
誰もが覚えのある偉人たちの成功例から導き出された言葉で、楽しく夢をかなえる術を。

それは、とてもシンプルで実際的なこと。靴をみがくこと。募金すること。トイレの掃除をすること。食事は腹八分にすること。など。本気で変わろうと思ったら、意識を変えるだけではなく「具体的な何かを」変えること。その具体的な何かが、たくさん書かれています。

私の胸に痛かったのは、一番大切な人を粗末にしてないかということ、たとえば…親を大切にしているか、身近な他人の成功の手助けをしているか…愛をもって接してる?ということでした。


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 自分の体で実験したい 

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝
(2007/02)
レスリー・デンディメル・ボーリング

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「自分の体で実験したい」

自分の体を実験台にした科学者の記録。好奇心と人々を助けたいという強い意志から自分の命もかえりみず実験を続け記録します。科学者の探求心に驚嘆と滑稽さを味わいました。



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 PAYDAY!!! 

PAY DAY!!! (新潮文庫)PAY DAY!!! (新潮文庫)
(2005/07)
山田 詠美

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「PAYDAY!!!」 

母が死んだおかげで。そう、母の死がなかったら、自分たち家族は、こんなにも急速に強く結び付くことはなかった。大切な人の死は、魂を成長させる。その事実を認めることは、とてもやるせないことだけど。

「僕ときみの母親が結婚に失敗したのはね」
父が、アイスステックのグラスからたれた水滴を拭きながら話はじめた。
「二人共、生涯一緒にいるだろうってことに、何の疑問も抱かなかったからだよ。ずっと一緒だと思っていたらか、話すべきことや共に過ごす時間を後まわしにして来た。でも、本当に一緒にいられる時間は、眠っている時を除けばごくわずかだった。それに気付いた時には、そのわずかなひとときは、すべていさかいのために費やされるしかなかった。もしも、あんな事件が起きると知っていれば、もしも、近い将来、永遠に会えなくなるのだという危機感を持っていたとしたら、二人の間には、まるで違う空気が流れたかもしれない。僕は離婚で学んだことは、たったひとつだよ。人との関係に永遠なんてあり得ないということ。もしも、永遠を作り出したいと思うなら、そお答えは、今にしかないということ。やがて、分かれるかも知れないっていう不安を持つのは良いことだよ。ただし、それを幸せな気持ちのために利用しなくちゃ」
 それは、とてつもなく難しいことだ、とロビンは思った。離婚してしばらくたった頃、珍しく母が自嘲めいた言葉を口にしたことがあった。深い憎しみを残さないで去ってくれたということは、深い愛情も残さないでくれたことよ。その技術を使うのに、レイは、どれ程自分を痛めつけたことかしら。今、ようやく、感謝しているわ。
 あの人も、すべてが終わってから、失くして来たものの大きさに気づいたのだ、とロビンは、思い当たる。もしも、今も無事でいたなら、父と同じことを言い、新しい恋のために、その日いちにちをいつくしみながら過ごしていたことだろう。
「ロビン、今のために将来をないがしろにしてはいけないし、将来のために今をだいなしにしてはならないよ」
 父のことばにロビンは下を向く。



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 不実な美女か 貞淑な醜女(ブス)か 

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)
(1997/12)
米原 万里

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「不実な美女か 貞淑な醜女か」


「いいかね、通訳者というものは、売春婦みたいなものなんだ。要る時は、どうしても要る。下手でも、顔がまずくても、とにかく欲しい、必要なんだ。どんなに金を積んでも惜しくないと思えるほど、必要とされる。ところが、ようが済んだら、顔も見たくない、消えてほしい、金なんか払えるか、てな気持ちになるものなんだよ」

冒頭の通訳=売春婦論の顛末に、思わず、笑ってしまいました。

通訳の仕事、その大変さを自分や仲間たちの経験、失敗談をとおしてユーモラスに語っています。不思議なタイトルの意味するところは、「原文に忠実でないが、整ってる訳」と「整っていないが原文に忠実な訳」どちらがよいか、いい訳とは何かという問い。(『翻訳は女に似ている』(イタリア・ルネサンスの格言)に由来する。)情報をまるごと捉えて、本質を伝えることが訳者には何より求められるということを意味します。

いたるところに著される慣用句や諺、文学作品の引用などの訳者の扱い方、その面白さ、大変さに、通訳の怖さをも思いながら、感嘆、言葉の面白さ、魅力、大切さを感じました。

幼くして異文化で生活され常に祖国を意識せざるをえない状況にあったゆえでしょうか。著者にはプロの通訳者の気構えはもちろんですが、日本人を代表して、日本の文化の伝達者という使命感さえ感じました。



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 嘘つきアーニャの真っ赤な真実 

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ)嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ)
(2001/07)
米原 万里

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「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

父の仕事の関係から、プラハに移り住んだ著者が国際色豊かにすごしたソビエト学校の思い出を友人リッツァ、アーニャ、ヤスミンカとの交流をとおして語ります。30年を経て彼女たちを探し求め再会を果たすまでの道のりはドラマテックで胸に迫るものがありました。

再会は喜ばしいことばかりではありませんでした。特権階級として贅沢な生活を享受しているアーニャの姿には、それでも社会主義者なのかと批判的になり何とも言えない苛立ちを感じ…飲み込んでいた言葉を口にしてしまいます。


「だいたい抽象的な人類の一員なんて、この世に一人も存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。どの人も、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。それから完全に自由になることは不可能よ。そんな人、紙っぺらみたいにペラペラで面白くもない。」

「ルーマニアの人々の惨状に心が痛まない?」


少女たちが政治や民族意識の流れに巻き込まれる様、現在も続いている困難な政治情勢などは、島国で単一民族である日本人には想像にも及びませんが、著者の目、意識には考えさせられことがたくさんでした。




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 おわりの雪 

おわりの雪おわりの雪
(2004/12/10)
ユベール・マンガレリ

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「おわりの雪」

やさしい言葉でたんたんと綴られる父と子の姿、哀しみのなかに包まれた美しさ、長い詩を読み終えた気持です。



雪がたくさんふった年のことだ。そう、ぼくは、その鳥がどうしてもほしかった。それまでぼくは、なにかをどうしても、ほしいと思ったことなど、まだいちどもなかった。

父さんはたずねた。
「つらいのか?」
ぼくは正直な気持ちをこたえた。
「ううん、そうでもない。つらいのとはちょっとちがうんだ」
「むかし父さんも、あることを経験した。ふつうならつらいと感じるようなことだったが、おれはそうは感じなかった。だがそのかわり、自分は独りだと、これ以上ないほど孤りきりだと感じたんだ…」
ぼくがなにものであるかを知っているのは父さんだけだ。ぼくは、その夜、そう思った。

ベッドから動けない父さんは、ぼくの話を待っている。そんな父さんにトビの話を聞かせる。父さんは喜んで聞いてくれる。トビを買うお金が足りないので、養老院の仕事の他に悲しい仕事を引き受けた。
一緒に散歩したおばあさんが亡くなったときは、おばあさんの飼っていた犬を…。その貯えたお金でトビを手にした。父さんの部屋でトビに餌をあげ、トビが肉を食べるのをながめる。うっとりとみつめる。誰よりも愛して理解してくれた父さんは亡くなった。


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 銀河鉄道の夜 

銀河鉄道の夜―最終形・初期形〈ブルカニロ博士篇〉 (ますむら版宮沢賢治童話集)銀河鉄道の夜―最終形・初期形〈ブルカニロ博士篇〉 (ますむら版宮沢賢治童話集)
(2001/07)
ますむら ひろし宮沢 賢治

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「銀河鉄道の夜」

子どもが小学生のとき、銀河鉄道の夜を学芸会で演じました。
子どもたちと一緒に演劇しよう!という、一人のお母さんの提案で決まり、
台本を先生にお願いしたら選んでくれたのがこの「銀河鉄道の夜」でした。

学芸会の前日、最初で最後のリハーサルを行いました。道具、小道具、衣装も揃えたリハーサルを全校生徒と先生方の前で行うのです。恥ずかしさと、緊張で舞台に上がる前からカタカタ震えていました。拍手をもらい幕が降りた瞬間、6人(お母さんたち)は肩を寄せ無事に終えたことを喜びました。それから本番に向けての、細かい打ち合わせをしました。

その小学校も2年前に閉校となり地域に小学校はなくなってしまいました。
舞台を見つめる人は今はいません。笑い声も、拍手の音も、地域の人の訪れもありません。

小学校は選挙の投票所となり、投票に来た人が昔のことを懐かしむ場所となってしまいました。



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 納棺夫日記 

納棺夫日記 (文春文庫)納棺夫日記 (文春文庫)
(1996/07)
青木 新門

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「納棺夫日記」

納棺夫日記は葬儀社の社員である著者が死体を納棺することをとおして見えてきた自分の内面の変化を記したものである。1章には納棺夫にいたる経緯、2章には様々な人の死を、3章には死を受け入れたとき、について綴られている。


いつの間に横に座っていたのか、額を拭いてくれる女がいた。澄んだ大きな目に一杯に涙を溜めた彼女であった。作業が終わるまで横に座って、私の顔の汗を拭いていた。退去するとき、彼女の弟らしい喪主が両手をついて丁寧に礼を言った。その後ろに立ったままの彼女の目が、何かいっぱい語りかけているように思えてならなかった。

車にのってからも、涙を溜めた驚きの目が脳裏から離れなかった。あれだけ父に合ってくれと懇願した彼女である。きっと父を愛していたのだろうし、愛されていたのであろう。その父の死の悲しみの中、その遺体を湯潅する私を見た驚きは、察するに余りある。しかしその驚きや涙の奥に、何かがあった。私の横に寄り添うように座って汗を拭き続けた行為も、普通の次元の行為ではない。彼女の夫も親族もみんなみている中での行為である。

軽蔑や哀れみや同情など微塵もない、男と女の関係をも超えた、何かを感じた。私の全存在がありのまま認められたように思えた。そう思うと、嬉しくなった。この仕事をこのまま続けていけそうな気がした。


世間に嫌われる納棺夫になった著者は、「何もあんな仕事をしなくてもいいだろう」「わが一族の恥だ」と親族に非難され、妻にも「穢らわしい、近づかないで!」と拒否される。そんな中で納棺夫として生きることを決意させてくれたは、かつての恋人の父の死に納棺として訪れたときの彼女の所作である。自分をまるごと認めてもらえた嬉しさは、仕事にたいする誇りと、生き方を変えることになった。社会が変わらなければ、自分の心を変えればよい。心が変われば、行動も変わる。彼は納棺夫に徹するようになった。

真摯な態度で湯潅、納棺をするようになってから、周囲の見方も変わってきた。すると、今まで見えなかったものが見えてきた。死と常に向き合っていながら、目をそらし自分の職業を卑下する仲間の言動が気になりだした。劣等感を抱きながら、金にのみこだわり仕事をする姿勢。こんなことでは世間に軽蔑されるのも当然だと思うようになった。しかし、納棺夫の仕事には、今までのどんな仕事でも味わえない充足感を感じていた。

いつの間にか、とんでもない死体になると呼び出される、死体の専門家になっていた。電車の線路や踏切などの轢死体、港や海岸での水死体、あるいは自動車内の排気ガス自殺。松林での首つり死体。列車への飛び込み自殺のバラバラな轢死体。お棺が爆発したとう異状事態。たくさんの死を経験していくうちに、今まで見過ごしていたものに目がとまるようになってきた。かがやいて見えるものがある。電車にとまった雀、アスファルトに咲いタンポポ、蛆を掃除しながら見た蛆、糸トンボの卵、これらが光って見える。その瞬間、胸がつまり涙が出そうになる。正面から死を見つめると、あらゆるものが光ってみえるのだろうか。死を正面から捉えて向き合うとき、不思議な光に出会うのだろうか。死を受け入れようと決心したとき、このような現象が生じるのかもしれない。

「死」に対するこだわりは深まるばかりだった。そこで、自分の不思議な光の体験を書物をとおして探り、生に執着せずに、死の淵に立ったとき初めて見えるのではないか。「生」から「死」へ視点を移すことにより、見えてるものあると確信する。


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 成功する読書日記 

成功する読書日記成功する読書日記
(2002/10)
鹿島 茂

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「成功する読書日記」

〜入門編〜

読書は「量」・軽んずなかれ

読書で重要なのは何よりも「量」。なぜなら、ある程度「量」をこなさないと「質」が見えないからです。鑑識眼も養われません。読書、映画鑑賞では、「量」から「質」、「具体」から「抽象」の転換がされるための量が必要です。漫然と読書や映画鑑賞を続けていても、この転換は訪れません。「量」が意識されないからです。だから「質」も意識にのぼりません。日記には、「量」を意識させ、「質」を理解する力が働きます。

「量」を軽んずる者は「質」で躓く。「量」をこなしていない批評家は信用するな。これが長年の読書日記、映画日記経験から導きだされた結論です。

書くことに無理をするな・読書量を脅かすな

読書日記だったら著者と題名。映画日記だったら監督と題名。これだけででよい。ただし、一定の時期に継続しないと「自分でも思ってみなかった体験」に出会えません。だから読書量を脅かす、どんなことにも細心の注意が必要です。

過去と未来を結ぶ金銭情報

金額は、その時は大した価値をもちませんが、時間が経つと大きな意味をもちます。過去に遡って考える時の大切な情報です。映画でも本でも、どんな町のどんな映画館(本屋)で、いくらで見たか(買ったか)。こうした情報は、その本や映画とともに記憶に刻まれます。

百の批評より一つの引用

文章を書くのが苦手な人は、引用の習慣を身につける。本をよんで、感動した箇所、同感した部分、あるい反発を感じたり、怒りを抱いた一節などを書き写す。重要なのは、自分で選び、自分で書き写すことです。引用が大切な理由は、その本の情報として、引用に勝るものはないから。『百の批評よりも一つの引用』引用すると、作者の文体、癖、思想、文章の上手い下手、作者の息継ぎが手にとるように感じられます。批評や要約と比べて写せばいいという安易さが利点です。引用すべき箇所は本を閉じたとき、鮮明に記憶の残っている部分。あくまでも、自分にとって気にえなる部分です。

レジュメ挑戦する

引用の次は、引用だけからなるレジュメ(要約)。自分の文章をなるべく使わず、その本のエッセンスとなるような箇所を選び、本を要約します。読書日記の上級編です。いきなりこれに挑戦すると、自分の力に打ちひしがれて、日記の継続ができなくなります。本をしっかり読んでいないと適確な引用ができないからです。要約するには、正確に理解することが大前提。引用だけからなるレジュメは、正確な理解の土台です。引用だけのレジュメに習熟したら、次は、物語や思想を自分の言葉で言い換え、要約します。引用の中にある言葉や句を使ってはいけないので、語彙を豊かにするのに役立ちます。作者の言っていることと矛盾しないように言い換えなければいけないので、正しく理解しなければいけません。

大それた行為・批評

引用、レジュメ、コント・ランデュを完全に習得して、はじめて「批評」という言葉が登場します。言い換えれば、一冊の本を的確に引用してレジュメしたり、コント・ランデュすることができないうちは、批評という行為に及んではいけないのです。不正解な理解の上には、なにを築いても無意味です。引用によるレジュメかコント・ランデュ、それに感想かコメントを簡単に書きとめる。それで十分です。


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 寒い夜の自画像 

中原中也「山羊の歌」より

〜ときおり思い起こされる中也の詩を一編〜

『寒い夜の自画像』

きらびやかでもないけれど
 
この一本の手綱をはなさず
 
この陰暗の地域を過ぎる!
 
その志明らかなれば
 
冬の夜を我は嘆かず
       
人々の憔懆のみの愁しみや
 
憧れに引廻される女等の鼻唄を
 
わが瑣細なる罰と感じ
 
そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉めくままに静もりを保ち、

聊かは儀文めいた心地をもつて

われはわが怠惰を諌める
 
寒月の下を往きながら。
                    
陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
 
わが魂の願ふことであつた!


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 田植え 

「田植え」

今日は、朝から田植え

風もなく穏やかなお天気は、

田植え日よりです

仕事も順調に進み

やれやれ!


小さな苗も、もうすぐ根を張り

瑞々しく成長して

一面を緑で覆い尽くす頃には

田んぼから流れくる風が

初夏の匂いとともに季節の

挨拶を届けます!




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 サイゴン・タンゴ・カフェ 

サイゴン・タンゴ・カフェサイゴン・タンゴ・カフェ
(2008/02)
中山 可穂

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「サイゴン・タンゴ・カフェ」

伝説の作家・津田穂波と女性編集者・狐塚真樹、女性同士に交わされた深い愛、信頼の絆で結ばれた二人が紡いだ物語です。

恋人の自殺後、小説が書けなくなっていた津田穂波のもとに、編集者の弧塚真樹が現れ、新作を待ちわびているたくさんの人のためにも小説を書いてほしいと訴えます。そして、わたしならもう一度穂波さんに小説を書かせることができる、と断言します。

私が穂波さんのすべての苦しみを引き受けます。そばに置いて美しい言葉を健やかに紡ぎ出す手助けをさせてください。自分はそのために編集者になったのです。ただ、あなたの作品を手がけたいという一心で、あなたの作品を最も多く出版している会社に入ったのです。担当者ではありませんが、わたしはいつでもあなたを見守っています。書くことを諦めないでください。わたしが必ず追いかけて小説を書かせます。待っていてください。

真樹の強烈なラブコールは穂波の心を動かした。おずおずと伸ばした手が触れたとき、真樹の手から穂波の手に熱いものが流れ小説へのエネルギーとなっていった。

穂波は真樹にこの世で一番美しい小説を捧げたいと願うようになっていた。最初の読者は真樹だ。素晴らしい小説を書いて真樹に捧げた喜んでもらいたい、その気持ちは日に日につのり、とうとう7年のブランクを埋める傑作が生み出された。

真樹が穂波に宛てた一通の手紙、印象深いです。

津田穂波様。

あなたが人一倍高貴な魂をもつ気高いお方であることをうっかり失念していたわけではありませんが、あなたと踊れた嬉しさについ心が緩やかに解放され、不適切な言葉遣いをしてあなたのご機嫌を損ねてしまったことを深くお詫びいたします。

あのとき、あの素敵な音楽教室でタンゴを踊ったとき、あなたの触れがたいお心に触れ、近づきがたいお心に少しでも近づけたような気がして、天にも昇る気持ちでした。昨日今日あなたの担当になったばかりの新参者にとっては、あなたが思索される場所に立ち入ることを許されただけでもったいないほどの喜びでしたのに、その大切な場所で、しかもあなたが骨身を削られて扱っておられる言葉によって粗相をしてしまったのですから、編集者として悔やんでも悔やみきれない思いです。

供物という言葉がそれほどまでにあなたの逆鱗に触れたのは、もしやわたしが原稿をいただくため作家と寝るような女だと思われたからでしょうか?好きでもないお方と、ただ仕事のためだけにおのれを空しく寝ることのできる卑しい女だと思われたからなのでしょうか?供物という言葉にはたしかにそういう意味合いが含まれているのかもしれません。あなたの鋭敏な言語感覚は、自己犠牲という美徳の裏に隠れた或る種の胡散臭さを瞬時にして嗅ぎ取り、本能的に反発なさったのではないかと拝察いたします。

ですが、わたしは決してそのような意味合いであの言葉を申し上げたのではないのです。わたしが愛してやまないあなたの美しい小説への捧げものになれるなら、おのれを空しくするどころか、わたしにとってはこのうえもない幸福であることを、どうか信じていただきたいと思います。わたしというちっぽけな存在が再びあなたにペンを握らせる何らかのよすがになるように感じることができる作家はわたしにとってはこの広い世界でただひとり、津田穂波さまだけてあると胸をはってお誓い申し上げることができます。

しかし、穂波さんが求めていらっしゃるのはおそらく恋愛感情なのでしょう。わたしに供物ではなく恋人になることをお望みなのではありませんか?だからこそあのようにあお怒りになったのではないでしょうか?

帰りの電車の中で遅ればせながらそのことに思い至ったとき、わたしはやはり天にも昇る気持ちで舞い上がり、動揺を抑えることができませんでした。あなたの恋人になるという可能性を考えることは編集者として最大のタブーでありながら、しかし、一人の女性として正直に申し上げれば、叶うはずのない夢が叶うかもしれない奇跡のように嬉しいことでした。もしそんなすばらしいことが本当に起こりうるのならば、理性で自らの道徳観を束ねることなど到底できないほどの圧倒的な喜びに埋もれてしまうことでしょう。

つまりわたし自身もまた、心の奥底では、いつかあなたの恋人にしていただけることを焦がれるように願い、求めていたのです。供物とか、捧げものとかいった言葉は、見映えのよいただの言い訳に過ぎなかったのだと思います。そんなおそれ多いことを認めるのがこわかったから、思慕ではなく崇拝の念で接することが編集者としての努めだと思っていましたから、女ではなく編集者たらんとするあまり、結果的にあなたを怒らせてしまうことになりました。

鈍感で不甲斐ないわたしをどうか赦しくださいませ。こんなわたしに失望しないでもう一度チャンスを与えてくださるならば、今度こそはあなたのお心に添うことができると思います。あなたが仰ってくださったように、わたしのなかにもし湖があるのなら、そのほとりで穂波さんを憩わせてさしあげたい。あなたを眠らせ、小説を書くあなたを見つめ、どこからどこまでもあなたのお心に寄り添って、あなたに魂をささげたいと切望します。

闇の中からあなたを連れだし、その手を引いて再び光の中へまっすぐ進ませてさしあげることが、わたしの使命だと思っています。

狐塚真樹拝


中山可穂の新作は、アルゼンチンタンゴをモチーフに女性たちの姿を描いた5つの短編集でした。
現実との三分間/フーガと神秘/ドブレAの悲しみ/バンドネオンを弾く女/サイゴン・タンゴ・カフェ

「ケッヘル」上下2冊の記憶がまだ新しいので、サイゴン・タンゴ・カフェの読後感はもの足りないものを感じました。やっぱり、ドラマテックな長編、引き込まれ、打ちのめされるよなストーリ読みたいです。




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 埋もれる 

埋もれる「日本ラブストーリー大賞」シリーズ埋もれる「日本ラブストーリー大賞」シリーズ
(2008/03/07)
奈良美那

商品詳細を見る


「埋もれる」

26歳の嶋崎由希が留学先の韓国で出会った男と織りなす激しい性愛。それは温厚な韓国人男性との間に育んできたゆるやかで細やかな愛情を引き裂き、欲望の果てへと由希を連れて行きます。

恋するのは、本当に簡単なことだった。ほんの一瞬だった。たった一晩のあいだに、彼は恩人から恋人に変わり、もう、私は人間じゃなくなった…。あとには戻れない。おなかが空いたらご飯を食べて、そのあとはセックスをして、またタバコを吸って、ご飯を食べて、セックスをして、今したいのはそれだけだ。自分でも馬鹿な考えなのはわかっていた。でも今は、それしか考えられない。

たった1回の行為で1年以上もかけ育ててきた愛を、由希はあっけなく壊してしまいます。

そして、欲望をむき出しにして互いの肉体を求め合い、貪り、歓喜し、悶え、苦しみ続けます。求め合ってもお互いの孤独は埋まらず分かり合えない不安に由希の魂は虚ろに傷ついていきます。愛するあまり不安になり、不安は嫉妬を生み、憎悪に変わります。疲れ果てた精神はボロボロになり、さまよい続け、脆くなった心は、その切なさから抜け出るため、理不尽にも、今でも自分を大切に思ってくれている、自分が捨てた男性との修復を求め、そんな自分に嫌悪感もち責めつづける。

男の書いた小説を友人に翻訳してもらい、男の中に自分の存在を確認できたとき、由希は不安と迷いから解放されます。煮え切らない男の中に自分がどっしりと息づいているという安堵感が結婚へ向かわせ、タバコを止めて、希望に満ちた新しい生活へと胸をふくらませます。由希は、女から母へ、あるいは刹那な日々から平凡な生活者へと歩みを変えたのです。

二人の男性をとおして自分の内面を見つめ、成長していく女性の物語でした。それにしても激しい性描写。そしてモトカレの優しさ、こういう男性って、いるんですよねホントに。いい人過ぎて捨てられてしまう男性。そんな、振ちゃうなんてもったいないんですけど、物語の結末は、これで満足でした。



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 仕事は楽しいかね? 

決定版 仕事は楽しいかね? ?会社の宝になる方法決定版 仕事は楽しいかね? ?会社の宝になる方法
(2007/03)
デイル・ドーテン

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「仕事は楽しいかね?」

「きみと一緒にいると、もっと良い人間になりたいって思うんだ」

そう言わせる人は、自分の仕事を向上させ、まわりの人までも向上させてしまうような人です。自分の周りにいる飛び切り優れた人々、たとえていうなら天才かな。

彼らは、完璧であると思える作品を作り上げたかと思うや否や、これに変化を及ぼし、さらに素晴らしい作品を生み出していきます。その作品は何度も人々を驚かせます。偉大な絵画が、単に画家の才能を証明するにとどまらず、観る人の気持ちまで変えてしまうように、偉大な仕事仲間も相手の自己認識や仕事感を変えます。彼らは人々を向上させるのです。

考え方や行動をちょっと変えるだけで、特別な人でなくても天才になれるということをこの本は証明してくれます。最高の自分の姿をみんなが思い描けるような物語をとおして。平凡な人々の中にも、その資質は備わっていて、私たちの誰もがすでに天才の資質をもっている。ただ、その資質を生かす術を知らないだけだと。

人と接するときに決して忘れてはいけない大事なことは、それは「常に」相手は計り知れない価値を持つ存在なんだ、ということ。偉大な教師や親が相手の能力を深く信頼しているように、相手を価値ある存在だ、と信じて接すること。

それから、何か、「完璧」なものを見つけ、それをより良くすることを始める。そして、毎日、こう問いかけます。

「どれだけ素晴らしくできるだろう?」

「もっとよくできないか?」


それだけです。




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 読書からはじまる 

読書からはじまる読書からはじまる
(2001/06)
長田 弘

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「読書からはじまる」

本というのは「本という考え方」です。
本についてのいちばん重要なことは、本は「本という考え方」をつくってきたものであるということ。

いい本というのは、そのなかに「いい時間」があるような本です。読書といういとなみがわたしたちのあいだにのこしてきたもの、のこしているものは、本のもっているその「いい時間」の感触です。

本を開けると、初めに始まりがあり、最後におしまいがあります。始まりがあって終わりがあるというのは、人間の生き方そのものです。

わたしたちは日本という国に生まれたと思っていますが、そうではなく、日本語とう言葉のなかに生まれたのです。言葉のなかにうまれてことばのなかで育ってゆくのが、人間です。

わたしたちにとって、今いちばんゆたかでないものは、言葉です。言葉がゆたかでありません。

問われるのは、自分は言葉をどうゆたかにできるか、なのです。限られた言葉にどれだけ自分を豊かにこめられるかが、言葉にとっては重要なのです。

21世紀という時代には、これまでのように、歳をとればとるほど完成してゆくということがもはやのぞまれなくなるという問題に、遅かれ早かれぶつかります。

何より考えたいことは、21世紀という時代になっても、「初めに言があった」というこの世のあり方というのは、じつはかわっていないということです。

人間は言葉のなかにうまれて、言葉のなかに育つのであり、そうして、言葉のゆたかさを手に入れた人だけが幸いな人であるだろうという事情は、何一つ変わっていない。ただ、わたしたちがそのことに知らんふりしているだけです。

「ヨハネによる福音書」の冒頭の一行は、「初めに言があった」です。

江戸時代の古訳では  「ハジマリニ カシコイモノゴザル」

明治維新後の明治訳では  「太初(はじめ)に道(ことば)あり」

となります。どちらも、すごくいい和訳です。

言葉は意味がすべてではなく、言葉によって指し示されるべき、心の方向のことです。自分のことばがどんな自分を表しているか、ということです。言葉というものをどう結んでゆくかとういう言葉にむきあう態度、一つだけです。

読書というのは、実を言うと、本を読むことではありません。読書というのは、みずから言葉と付きあうことです。自分の心のなかに失いたくない言葉の蓄え場所をつくりだすのが、読書です。


〜本文にでてくる〜

『リトルジョンの静かな一日』(ハワード・オーウェン著)にホロリとしました。

『鶏の卵ほどの穀物』(トルストイのロシア民話集「イワンのバカ」のなかの一編)、文明のあり方に対する痛烈な逆説に…う〜ん、ソウカ…成る程でした。



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 脳を活かす勉強法 

脳を活かす勉強法脳を活かす勉強法
(2007/12/04)
茂木 健一郎

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「脳を活かす勉強法」

古代ギリシャの大哲学者プラトンに、弟子のひとりが質問をしました。
「オリンピック競技の優勝者には賞品が与えられるのに、哲学者には賞品が与えられないのはなぜか」
その時、プラントンは次のように答えたと言われています。
「賞品とは、その人の功績と比較して、より価値のあるものでないと意味がない。しかし知恵を得る以上に価値があるものなど、この世に存在しない。だから、知恵を得た人には、あげるべき賞品がないのだ」

また、江戸時代に、本居宣長のもとに集まった近江商人たちが、
「先生、私たちはいっぱいお金も稼いで、ありとあらゆる道楽をし尽くしましたけど、『源氏物語』などの講義を先生から受けてみましたら、学問ほどの快楽はこの世にないということが分かりました」と言った。


人間にとって、学習とはもっとも価値ある行為で、脳を喜ばせる最大の快楽です。脳が「どんなときに最大の喜びを感じるか」、脳を知り、脳が喜ぶ方法を使い、強化学習の回路を作り出す。本書で示したのは、そうした「脳を活かす学習法」の極意。

☆「喜び」を基に「ドーパミン」による「強化学習」のサイクルを回す…「喜びの回路」を回す。
☆自発的な行動で「成功体験」を持つことが大切…「強制」はNG!
☆苦しみを突き抜けた時、脳は一番「喜び」を感じる
☆不確実なものに挑戦できた時、脳は強くなる


著者の感覚では、アメリカと日本の文明力は、明治維新の時のヨーロッパと日本くらい、差がついているといいます。これは学問に対する情熱の成り立ちが違うからだと。時代の変化に気づいて自分なりに勉強している人。本当に死ぬきになって、猛烈に勉強しないと、どのような職業においても職業人として追いついていかないのが今の社会だといいます。

最先端の学術を誰でもが個人的に手に入れることを可能にしたインターネットは、学問の道を変革しました。今こそ、学問の「知のオープンエンド性(どこまで行っても終わりがない状態)の楽しさを知ることだ」。それは、長い人生を通して「知」を探求していくことであり、「知」の探求に挑戦すると決めた時こそが、誰にとっても「脳を活かす勉強法」を体得した瞬間で、後は、脳が思うままに強化学習の回路を暴走させていくのです。


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